和歌山線 吉野口
2011/11/23撮影
 ようやく谷の半分に日が落ちるようになってきた。S字の先に三脚を据えて日陰から飛び出す列車を狙う。しばらくすると集落からお婆さんが上がってこられた。畦に据えた三脚が邪魔になるのでお詫びをしながら挨拶を交わす。「鉄道を撮りにこられたのかえ?」・・・??鉄道??・・・お見受けしたところ80歳くらいだろうか。普通は「電車を撮りに・・・」となるはず。怪訝な顔をしていたのか「親が国鉄の機関士やってな」と付け加えて頂いた。なるほど。女学校のころよく機関車に乗せてもらって釜焚きを見せてもらったそうだ。その後も話しは続き「貨物列車の数をよく数えていて、38両もの長いのが走っていた」とか「北宇智のスイッチバックは勾配がキツイので小さい半分くらいの機関車が後ろにもう1台ついとった」とか・・・スイッチバックだの勾配だの、鉄道用語がよく飛び出す。女学校のころ、とは60年ほど前の話だろうか? 記憶では1970年の時点で和歌山線には和歌山~吉野口間にC57の客レが1本あっただけで、貨物列車は運転されていない。戦前から戦中の話のような気がする。となると「小さな半分くらいの機関車」とはC11やC12ではなく明治生まれのテンダー機を改造したタンク機だったかもしれない。ならば本務機は・・・と思いを巡らしていると「ここは、み~、イノシシがでるで、気ぃつけや」み~、というのは、え~、と間を取るときの大和のことばである。スタスタと山へ栗拾いに登っていかれた。実に健脚。で、周りの田を見ると確かにイノシシの足跡がそこここにある。しかも結構大きな足跡だ。ぞっとして心細くなった。(笑)
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2011/11/23 和歌山線 吉野口~北宇智
Canon EOS-7D , EF 70-200mm F4L IS USM


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by kony5711 | 2011-11-25 18:22 | 大和路・和歌山線 | Comments(2)
Commented by C62重連 at 2011-11-26 12:09 x
毎度です!
興味深い話ですね・・・
当方も和歌山線には数回撮影に行きましたが、田辺区のC57、竜華区のC58のイメージしかありません・・・
貨物列車はC58牽引で北宇智で撮ったような・・・気がしますが
短い編成で、補機はありませんでしたし・・・
古い昔に、輸入モノのタンク機だったのだろうかと妄想が広がりますね。
やはり、本務機は8620あたり???
Commented by kony5711 at 2011-11-27 13:12
>C62重連さま

毎度です!
瞑想が広がりますよね。
北宇智の勾配を後補機を従えて登ってくる40両近い編成。
当時なら今以上に棚田が広がっていたはずなので
いい風景だったでしょうねぇ。
お婆さんも誇らしげに語っておられましたよ。
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